第9章

新しい仕組みが生み出すメリット

 この仕組みが実現された場合、得られるメリットは非常にたくさんある。大雑把に言って、経済の活性化につながること、ただの金融緩和よりも確実なデフレ対策や円高対策になること、介護労働分野に人材が流入する原動力になることなど、考えればいくつも出てくる。中でも一番重要だと思うのは「社会の意識の変革をもたらす効果」である。

 第3章にも書いたように、現在の日本では「介護を必要とする人は、社会のお荷物である」という意識が広がってきている。その状況下で「高齢者を大切にしよう」などと精神論を振りかざしても、賃金を削られている若年層などからは「これ以上高齢者に持って行かれてたまるか」と反発を喰らうのは当然である。

 介護を受ける側としても、そのような世の中で生きていれば、「私なんて人に迷惑を掛けるだけの存在だ」と考える人が増え、「早く死んでしまいたい」という気持ちが芽生えたとしても無理からぬことと思う。私たちの多くはそれを「仕方がない」と考えるようになってしまっているが、それが道徳に反した不健全な考えであることにも多くの人が気付いている。

 「社会的弱者は社会のお荷物だ」と考えないと成り立たない社会よりも、実現できるならば「弱い人も一緒に生きていける社会」の方が望ましいと考える人は多いのではないだろうか。たとえ「弱者は社会のお荷物だ」という考え方を捨てられない人がいたとしても、自分の取り分は削られないことを保障すれば、文句は言わないのではないだろうか。

 今回呈示している経済の仕組みを社会に追加すると、高齢者は介護労働を生み出す源となり、その介護労働は経済の源泉であるお金を生み出す。介護を受ける人から介護従事者を見ると「私が生きていることで、この人には仕事があって、収入も得られる」ことになる。そう思えれば、介護を受けていても「自分は社会のお荷物だ」と卑下する必要はなくなる。

 働き方の変革も期待できる。戦後の日本では、企業に就職すると定年までその会社で働き、給料は次第に増えていくのが当たり前だった。そうなっていることを前提として、住宅ローンや年金など、お金にまつわる多くの制度は組み立てられていた。しかし時代は変わり、人口は増えなくなり、一般市民の経済は成長しなくなった。

 企業の経営者は、ピークを過ぎた社員に高い給料を払う年功序列を続けていては会社が持たないと考えて、何かと理由を付けて切ろうとする。定年延長なんていうのは、国がやれというから渋々やっているだけで、本当はバリバリ働けなくなった従業員はどんどん切って、低賃金でも働いてくれる若い労働力と入れ替えたいのが本音だろう。また、人件費節約のために機械化も進んでおり、製造業などでは必要な労働力は減る一方である。つまり、企業にとって中年以降の労働力は「余剰」になりがちな世の中の構造になっているのである。

 一方介護分野は、介護を必要とする人が増えていて、人手不足である。しかし介護分野の現状は、労働の割に低賃金になっており、介護に従事したいという人は増えずに人手不足に拍車をかけている。これは、企業の代表とされている経団連などが「社会保障費に出すお金はなるべく少なくしろ」と言い続けていたり、その基盤として市場原理主義経済やグローバリズムがはびこっていたりということが遠因になっていると考える。

 今回呈示する仕組みを用いて「介護労働については、国が価値を授ける」とした場合にはどうなるだろうか。高度で専門的な介護には、介護一筋でその道のプロというような人たちが当たる必要があるが、それほど専門的な技術を必要としない介護労働を、一般企業で退職が近い人や、すでに退職した人が担うような分担ができれば、介護力の不足を相当程度補えるのではないだろうか。

 定年してから年金がもらえるまでを退職金だけでは食いつなげないことが社会不安となっているが、この仕組みで食いつなげるようにすればその問題も解決する。また、介護の現場で一度働いてみれば、自分がいずれ介護される立場になることを想定した老後の再設計の参考にもなる。さらに、介護をして「世の中、お互いさまだなあ」とか「持ちつ持たれつ」という感覚が多くなれば、お互いに優しくなれるのではないかと考える。

 現在なかなか打開策が見出せない少子化にも、一定程度の貢献が期待できる。少子化の原因は、結婚しても家族を養えないような低賃金の人が多くなり、年功序列や終身雇用が崩れて将来に希望が持てないことなどが挙げられている。現在ワーキングプアレベルの給料しかもらえていない介護労働者に、働きに見合った給料を払えるようになれば、仕事を辞めなくても結婚して家庭を持つことが可能になる。

 もう一つの大きな長所がある。それは、この仕組みは現在の経済システムを壊す必要がなく、付加するだけですむということである。

 いろいろな書物やサイトを探してみると、「全く新しい経済システム」がいくつか提案されている。それらの多くは、現在の経済の仕組みを根本から変えようというものであったり、地域通貨や電子マネーなどを用いて現在の経済システムの外に別のシステムを設けようとするものである。しかしそれらを実現するには、仕組みを用意することから概念の普及まで、大変な作業が必要になる。

 私が呈示する仕組みも、一朝一夕に導入できるものではなく、新しい仕組みを用意することも概念について理解し納得してもらうことも必要である。しかしこれまでの経済の仕組みを捨ててしまう必要がないので、導入までのハードルは他の諸説に比べるとかなり低くなるのではないかと考えている。



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