第7章

「お金とは何か」(3)お金の総量が増える仕組み

 お金の発行は、政府か中央銀行しかできないというのが、世界の基本的なルールだ。日本銀行はお札(日本銀行券)を発行する代わりに、市中銀行からさまざまな財産や債券を担保として受け取っている。実際に2012年10月10日現在で発行されている日銀券(お札)は約80兆円で、日銀が保有している日本の長期国債の額面もほぼ同じ80兆円。発行限度額は1998年の改正日銀法から撤廃されているので、理論上日銀は無限の円を刷ることができるようになってはいるが、現在まで基本的に担保を取らない通貨の発行はおこなっていない。

 その理由を考えてみる。お金を発行しすぎると、通貨の価値が危うくなる。特に昨今では、為替レートの変動を利用して金儲けをしようという動き(FXなど)が一般人にまで広められているため、世界中の金儲けに目がない人たちが「各国通貨の弱点」を目を皿のようにして探しており、通貨や国債が危ういと思われるような政策は取れなくなっている。そのため日銀も原則的には「担保がないお金は発行できない」という基本姿勢を貫いているのだと思われる。

 ところが、世の中には国や中央銀行が通貨を発行しなくても、お金を増やす仕組みがいくつもある。少し範囲が広がった話になるが、大切なことなのでまとめておく。

 一般市民から見て最も影響が大きいのは、市中銀行による仕組みである。銀行は、顧客のお金を預かる。いわゆる「預金」である。顧客が銀行にお金を預けると、貯金通帳の数字がその分だけ増える。一方で銀行は、貸金業もしている。銀行が貸し出せる金額は、預金の総額が上限というわけではなく、その何倍も貸し付けることを日銀が保障している。何倍も貸し付けられるということは、その銀行へ預けられている金額以上のお金がそこで「生み出されて」いることになる。この機能は「信用創造」というもっともらしい名前が付けられているが、このお金はすべて「銀行に対する借金」として生み出されていることは、できたら覚えておいていただきたい。

 一方、証券金融業界では、もっと大胆な「取り引き総額ふくらまし装置」がたくさんある。たとえばサブプライムローンでは、信用度の低い人たちの借金取り立て権を「たくさんまとめて束にすれば信用度が上がる」という不可解な理屈で格付け会社が高く格付けし、たくさんの人に売った。ユーロ圏ではPIIGSの国が「ユーロに加盟したから他のユーロ諸国と同じ信用がありますよ」と、他の国の銀行に国債を買わせた。加えて金融工学という不完全な学問が信用されることによって、デリバティブ(てこ)取引などの「ふくらまし装置」は破壊的に規模を拡大した。

 このような「ふくらまし」によって、証券金融市場は信じられない規模に膨らんでいる。リーマンショック以後も証券金融市場の規模拡大は続いており、現在世界の証券金融市場にあるお金(の数字)の総額は、5京円とも10京円ともいわれている。世界中のお金と物を集めたってその金額にするのは不可能だから、担保は不足しており、ふくらませ過ぎなのは明らかだ。単純にいえば、バブルの状態だ。その数字を担保する「現物」は存在せず、「裏付け」になっているのは創造された信用であるが、その信用は「束にする」とか「金融工学」などの、「はったり」と言ってもいい程度の根拠しか持っていない。

 私が一番の問題だと感じているのは、私たちが普段使っているお金と、ふくらまし装置によってふくらんだ証券金融市場のお金が、同じ単位を使っていることだ。証券金融市場は明らかにバブルになっているが、そのバブルはほとんどが「はったりによる信用創造」によってできており、現物としての担保は無いに等しい。みんなが「証券金融市場にあるお金の数字は幻だ」と理解していれば、証券金融市場の数字を現金化する時には一定の割合で減額するなどのルールが作れるが、証券金融業界の人は「現金と同じ価値を持っている」ことにどうしてもしたいらしく、業界の外の人も「価値は違うはず」という異議は唱えていない。

 しかし担保がないことは、多くの人が気付いている。担保がなくて、でも現金と同じ単位を使ってふくらみすぎていることが明らかになれば、そこにお金を注ぎ込んだ人は「大丈夫だろうか」と不安になる。不安がある程度以上の水準に達すると、バブル崩壊が始まる。たとえ幻だと多くの人がわかっていても、これだけの金額のバブルがはじければ、実体経済への影響は甚大になる。いくつかの国は財政破綻するだろう。その事態を避けるために、欧米諸国は「担保となるお金」を増発し続けている。たとえば米国の中央銀行にあたるFRBは、不良債権がたくさん含まれていることを承知の上で債券を山のように買い込んでドルを増発しているし、ユーロ圏の諸国も当初はモラルだの何だの言っていたのに、次にユーロを大増発する時には「債券を発行してまかなう」と言い始めている。

 つまり、証券金融市場の膨らませすぎた金額に担保があると見せるために、お金を増発しているというのが、サブプライムやリーマンショックから続いている金融危機の現在の相だ。そしてその増発に増発を重ねる現金に価値があると信用してもらうための借用証に当たる債券を発行するという、何のために何をやっているのか理解しがたい状況になっている。わけがわからないことをやっているという自覚があるので、いつまでも続けるわけではないと「出口戦略」をFRBなどは示しているが、本格的な出口戦略を始めるとバブルが急速にしぼんでしまうので、手綱を締めるような振りをして世間に覚悟を求めている段階である。

 証券金融市場は明らかに「行き過ぎた膨張」の状態にあるが、誰が何の目的でこんなことをしているのかを考えてみよう。お金儲けが全てに優先する価値観を持つ新自由主義者のうち、上手く仕組みを作ってそれに乗っかった人が、手持ちの数字をさらに増やすためだろうと思う。すでに一人で何千人何万人を一生養っても余りあるぐらいの「お金」を手にしているのに、まだ増やすことが正しい行動だと信じている、頭のおかしな人たちだ。自分の手持ちの数字を増やすことが、逆にお金の価値を危うくしていることに、気付くチャンネルが壊れているようだ。

 このようなおかしな「増やし方」をしたお金が、今の世界で動いているお金(の数字)の大半を占めている。この状況は明らかにおかしいと思う人、怪しいと思う人が多いために、ドルもユーロもその価値が不安視されている。

 日本円は、無策による円高に長い間苦しんだが、民主党から自民党に政権再交代がなされて、アベノミクスの実施による円安方向に振れている。しかし世界の相場の中で、円はそれなりの信用を維持しているように見える。日本の先行きに期待が持てるから円安株高になるという状況で、世界の投資家から日本はまだ信用されていることがうかがえる。

 日本は莫大な借金を抱えて財政危機だといわれながら、日本国債も非常に低い金利で売り買いされている。それは何故か。日本は1990年のバブル崩壊以降、不良債権処理を地道に続けてきた。そのためにだいぶ体力は使ったが、強い体質にもなった。「バブルを膨らませ続ければ何とかなる」と、黙って続けている今の欧米を中心とした証券金融業界とは違うのだ。また、「次のバブルには踊らないぞ」と気を引き締めていたため、欧米のバブルにもあまり巻き込まれなかった。

 今の日本なら、第4章で述べた「介護分野の労働に価値を与える仕組み」を経済に付加しても、円の価値を下げることなく運用できるのではないかと思う。この「仕組み」は、日本の中でお金を生み出す仕組みであるが、これまでの「借金のカタにお金を作る」「ちゃんとした担保もないのにお金を増やす」のに比べれば、実労働を担保にお金を生み出すのだから、よほど安全で理に適った仕組みではないかと考える。

 また、現在のところはこの仕組みを正しく運用できる国は、日本以外にはあまり多くない(日本も確実とは言えない)ような気がしているが、いずれ世界各国が「正しく」導入することができれば、成熟して高齢化が進む各国を、明るく元気な国にする原動力にもなるのではないかと思う。



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