第8章

新しい経済の仕組みを具体的に考える

 第4章で「介護労働をしたら、そこにお金が発生する」仕組みを作ったらどうかと述べた。ここからは、具体的にはどのような方法が考えられるか、一つの案を述べてみる。

 この仕組みは、介護労働をした人がいた時に、その労働を正しく認定し、国がその人にお金を与えるというのが基本構造になる。運用する際に大切なのは、お金が発生する仕組みを動かすのだから、間違いが起きてはいけないということだ。

 間違いのない運用のために必要な情報は、介護労働をする人が誰で、介護をされる人が誰で、どのような労働を何時から何時までおこなったかが確定できると、ほぼ間違いないと思う。そこで思い浮かんだのは、「マイナンバー」カード等の利用だ。マイナンバーカードが全国民に行き渡れば、強力な「身分証明」カードになる。マイナンバー制には懐疑的な声も多く聞かれるが、間違いのない仕組みが作れて間違いのない運用ができるのであれば、これを利用するのが一番適していると現状では思う。

 介護労働を認定するシステムは、サーバーとネットワーク、それと介護現場に持っていっても邪魔にならない大きさの端末によって構成する。場所を記録するために、端末にはGPSも内蔵する。介護する現場に迷わず行けるように、ナビ機能もあると便利かもしれない。介護の現場で、その端末に介護する人と介護される人それぞれのカードを入れるとか近づける等の操作によって、その二人が同時にその場所にいたことがほぼ証明される。なりすましを防ぐために、生体認証の仕組みもあればなお確実だ。

 介護労働した人にお金を支払うシステムは、これも税金支払いと直結するといわれるマイナンバー制を利用する。税金を払う時には、個人から国にお金が移動するが、それと逆の動きをすれば良い。つまり、税金の還付と同じように、登録した口座に労働の報酬を振り込む扱いをする。

 労働の対価として支払われる額を計算する仕組みとしては、現在の介護保険の仕組みがそのまま使える部分が多いと考えている。介護保険の中にも、介護用品のレンタルなど物品が移動する給付もあるが、多くは介護労働者が介護を受ける人に提供する「純粋な労働」である。この「純粋な労働」に、国が直接価値を与えることにする。

 介護を提供されるべき人であるかどうかは、これも現在の介護保険制度で運用されている「要介護認定」をそのまま利用できる。2000年に介護保険制度が始まってから、基本的には給付を絞るような方向で介護認定に圧力が加わり続けていると感じるが、この仕組みが始まれば介護の「費用負担」は心配しなくて良くなるから、これまでに比べて給付を絞る圧力は少なくなるだろう。

 介護を提供する人についても、これまでの資格制度、たとえばヘルパーや看護師、介護支援専門員の資格などがあれば、資質はおおむね保障できる。それに加えて、家庭内介護・家族内介護についても、何らかの認証制度を設けてこの仕組みで報酬が付けられるようにする。そうすれば、介護のために仕事を辞めても、収入がなくなるという事態が防げる。ただその場合、安易な離職を誘発すると介護分野以外の社会構造を傷めるので、離職や復職について目安となる道筋を示したり、手助けする仕組みを準備することは必要だろう。

 介護労働と一口にいっても、そばにいて見守るだけのような労働もあれば、かなりの体力を必要とする労働もある。気楽にできる労働もあるし、緊張を強いられる労働もある。専門的な知識や技術を必要とする労働もある。それぞれ適切な時給を設定すべきだと思うが、どれくらいの労働にどれくらいの報酬がふさわしいかは、専門家が決めてもいいが、国民投票で決める方法もあるかもしれない。

 労働の内容によって、時間単位で報酬を決めるのが適している労働と、行為単位で決めるのが適している労働、その両方をミックスした方がいい労働が考えられる。あまり細かく複雑にすると、今の医療の診療報酬のように専門家しか理解できないものになってしまうので、多くの人が理解できる程度には単純な報酬体系にすることが望まれる。

 介護職員が所属する事業所などの運営経費や、事業所から家までの交通費をどうやって出すかは、別に考えなければならない。事業所の仕事は、これまでは仕事のマネジメントやさまざまな連絡、それと介護職員に支払う給与を稼いで、職員に分配するのも仕事に含まれた。ここで呈示している仕組みが導入されれば、介護職員の給与は基本的に国が支払ってくれるので、マネジメントが主な仕事になる。介護職員が満足できるマネジメントをできるかどうかが、腕の見せ所になる。しかしマネジメントは介護労働ではないので、この仕組みで報酬を付けていいのかどうか、悩むところである。

 現時点での私の考えでは、企業や個人が保険料を拠出する今の介護保険の仕組みをそのまま使って、マネジメントする人や事業所の経費は、訪問車の運用なども含めて賄うようにすれば良いのではないかと思う。物の動きを伴う部分については介護保険をそのまま残すので、それと同様の扱いをするということだ。

 全く別の考え方としては、国から与えられる介護労働の報酬の一定割合を事業所にマネジメント料として払って、介護の仕事を回してもらうという方法もある。この場合は、国から与えられる介護労働の報酬に、マネジメント料を払うゆとりがなければならない。つまり国から介護労働に払われる報酬が最低賃金レベルでは、この仕組みは作れない。

 これまでの常識から考えると介護と金儲けは相性が良くないように思うが、この仕組みであれば金儲けしたい人の参入も可能である。金儲けの方法はこれまでのサービス業と同じく、「高付加価値化」、「規模の拡大」、「合理化、集約化」などが有効だ。高付加価値化には大きく分けて2種類あって、内容を高めて国が付ける報酬の高い介護労働を提供するものと、満足度を高めるサービスを提供して付加価値分(贅沢部分)は上乗せ料金を自費でいただくというものなどが考えられる。

 介護労働の時給を安くしすぎれば、介護は人材が集まらない分野になり、分野として成長しない結果、良い介護が受けられない。逆に高すぎると、他の業種から「不公平だ」という声が出て叩かれるし、人材の流入が多くなりすぎて他の分野の人材不足を招く。前にも書いたが、「この労働に対してどれくらいの報酬が適切か」という選択肢をいくつか出して、国民投票の結果に基づいて報酬額を決めれば、多くの国民は納得するのではないだろうか。

 このような仕組みを作ることによって、介護労働者が要介護者のところに行って介護を提供したら、その働きに応じて国がその介護労働者の口座に労働の対価を振り込むことができる。現在まで住民基本台帳カードの運用は上手くいっていないが、今の日本の技術力と能力で本気で取り組めば、システムの構築自体はそれほど時間がかからずに、間違いないものができるのではないだろうか。



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