第13章

導入に必要な説得<国内編>

 この仕組みを日本国が導入するかどうか議論になった場合、どのような分野からどのような反論が出るだろうか。全てを考えることは無理だが、予想できる主な反論については、納得してもらえる説明を用意しておこうと思う。

 まずは、社会保障分野についてはいつでも文句をつけてくる経済界から考えてみる。経済界がどのような文句をつけてくるかは、予測不能である。これまでも自分の利益ばかりを主張して、社会保障の持続可能性などほとんど考えなかった経済界の重鎮たちなので、何かしらの難癖をつけてくることは予想できる。

 この仕組みを社会に付加した場合、経済界にマイナスの影響があるかというと、直接的には「ない」と断言できる。これまで給与から天引きしていた介護保険料が安くなることが予想され、従業員の可処分所得は増える。介護保険への税負担も減少するため、財政にとってもありがたい。しかも介護分野で働く人への分け前をケチる必要がなくなるため、その人たちの可処分所得も増え、ものが売れるようになる。

 長い目で見れば、ほぼ自動的にお金が生み出される介護分野が大きくなって、その経済の大きさから産業界にとって脅威になる可能性はある。しかし第8章で書いたように、「介護労働にどれくらいの価値を与えるか」を、日本全体で議論しながら国民投票で決める仕組みも同時に導入すれば、圧倒的な不均衡は防げるかと思う。世の中がほとんど介護従事者か介護を受ける人になってしまって、数の力で価格を吊り上げるという可能性もないではないが、そうなる前に抑制がかかるだろう。

 経済界の偉い人の中には、「社会保障分野なんて、経済を牛耳っている製造業などの奴隷的立場でなければ気がすまない」という人も、もしかしたらいるかもしれない。しかし奴隷だって、働けるだけの食べ物を与えなければ働けない。これまでさんざん与える食い扶持を絞っておいて、それでも奴隷的立場でいろと言われては、反乱を起こさざるを得ない。

 このように考えれば、経済界からやっかみや理解不足以外で強力な妨害を受ける可能性は、あまり大きくないと考えていい気がする。

 他の産業から、特にサービス業からは、「介護分野だけ特別扱いはずるい」という意見が出る可能性はある。しかし第1章で述べたように、介護などの社会保障分野のサービスと違って、一般のサービス業には「サービスに見合った料金を払う」という一般常識が出来上がっている。それに対して介護分野ではそのような常識がないため、介護保険の仕組みを新しく作って原資を確保する必要があった。

 介護保険は、介護分野の規模が社会全体の中で十分小さい時には、大変良くできた仕組みだと思う。しかし介護分野が大きくなるにつれて、介護以外の産業にかかる負担が増大する。つまり、介護分野の大きさにかかわらず持続可能な仕組みではない。介護以外の産業に負担をかけずに、増大する介護費用を賄う仕組みができるのであれば、文句よりも歓迎の声の方が大きくなるだろう。

 財務省も経済界の偉い人と同様、大蔵省の時代から「社会保障費は抑制すべきだ」と言い続けてきた。これは厚生省(現厚生労働省)にも大きく影響し、厚生省も1980年代からはずっと社会保障費の増大に警鐘を鳴らし続けてきた。そのため介護も医療も、十分に手当てすれば花形の産業のはずなのに、窮屈で貧しい運営を迫られる度合いが年々強まっている。

 今回の仕組みを導入できれば、介護費用に関しては税金から拠出する必要がなくなる。財務省も「社会保障分野とそれを管轄する厚生労働省は、財務省の管理下になければ気がすまない」という雰囲気はあるのではないかと思うが、財政支出が減るのであれば、ある程度のコントロールができれば正面切って反対する理由はないと思う。

 さらに、介護分野の労働報酬からは、所得税も得られるし、消費からは消費税も得られる。国民の給与総額が増えれば税収も増えるのが道理であるから、税制をコントロールできずに税収不足に悩んでいる財務省にとっても、願ったり適ったりではないだろうか。

 経済をコントロールしていないと気がすまない金融業界はどうだろうか。金融業界は現在、史上空前の預金残高を抱えているが、投資先がなかなか見つからずに困っている。今回の仕組みによって期待できる直接投資としては、介護分野が活性化することに伴う設備や施設の拡充ぐらいかもしれない。しかし他分野では、介護費用負担が減ることと、経済の見通しが明るくなることによって、設備投資や消費は増えていくことが期待できる。そうなると銀行も貸出先が増える。これに文句を言う銀行はないだろう。

 人の不安を担保に商売をしている保険業界などからは、仕事がなくなると苦情が出るかもしれない。しかし幸いなことに「介護保険では不十分だから、その時に備える保険」というのは今のところ売り出されておらず、ほとんど影響はないだろう。

 このように考えてくると、私の考えが行き届いていない部分もあるかもしれないが、日本国内の不満や不安には、おおむね対応できるのではないかと思う。



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