第11章

この仕組みをどう捉えれば良いか

 ここまで書いてきて、「この方法は正しい方法かもしれない」と思って下さる方は、それなりにいるのではないかと期待するが、「でも何かおかしい」と思われる方も、まだ相当数いるのではないかとも思う。そこでこの章では、「こう考えれば、この仕組みを受け入れやすい」という、説得力を増すための考察を試みる。

 今回呈示している方式は、社会の中に新しく経済的価値を生み出す、一種の「打ち出の小づち」のようなものである。歴代の打ち出の小づちには、油田、金鉱脈、奴隷、植民地など、さまざまな形態がある。これまでの歴史上、さまざまな国が打ち出の小づちを求めて小競り合いを繰り返し、場合によっては戦争にもなった。つまり、打ち出の小づちは下手をすると、国家間の諍いの種になる。

 何らかの打ち出の小づちを手に入れた国は、油田であれば原油を輸出したり国内のエネルギー源にしたりして、他国よりも経済的優位に立てる。経済的優位を手に入れた国は、それを使って国際的地位も高めていくことができる。しかしこれまでの打ち出の小づちには、働かなくても金が手に入ることから、その国の国民の勤勉さを奪うという欠点があった。

 今回の方式では、お金を生み出すのは労働であり、「働かざる者」に富をもたらす制度ではないことが、これまでの打ち出の小づちとは大きく違っている。使い方を誤らない限り社会のモラルを破壊しないという意味では、打ち出の小づちの範疇にも入らないかもしれない。

 それでは、この方式をどのように考えて社会に定着させるのが望ましいだろうか。いくつかアプローチの方法を考えてみたが、私としては一番しっくり来たのが、社会的弱者への援助を「天の恵み」と考える捉え方だった。

 天の恵みというと、温暖な気候とか、肥沃な大地とか、適度な降雨などが思い浮かぶ。温暖で肥沃な土地を持つ国は、厳しい自然環境の国に比べれば農業に適している。豊かな太陽光線や適度な降水、植物の栽培に適した土壌などは、その国の「資源」である。

 世界には多様な国がある。厳しい自然環境の国、温暖で肥沃な大地を持つ国。資源を持たない国、豊富な天然資源を持つ国。のんびり奔放に暮らす人が多い国、勤勉に実直に生きる人が多い国など、国によって最初から条件は異なっている。

 介護が必要な高齢者が多いということは、これらの条件とは全く違うように見えるかもしれないが、国によって異なる経済の基礎条件の一つであるという意味では同じである。今回の仕組みを国の経済に付加することによって、何も生み出さないと思われていた介護労働が国富を生み出す労働になる。これがつまり、介護が天からの恵みと同じような意味合いを持つと考えるということである。

 「そんな都合のいい理屈があるか」と思われるかもしれない。しかしこれまでの介護保険などの仕組みを考えてみると、根本的に介護労働に価値を与える最適な仕組みにはなっていなかったことが見えてくる。今回の仕組みはその「根本的な問題」を解決するのに、必要不可欠なのではないだろうか。

 もう少し掘り下げてみる。これまでの介護報酬は第2章でも触れたように、1割の自己負担を除いて、保険料と税金で賄われてきた。介護労働に経済的価値を与えるには「どこからか持ってくる」必要があるという「常識」の枠の中では、良くできた仕組みだと思う。しかし、介護以外の分野が非常に大きく、それらの分野から介護に回す費用が許容できる額であれば負担感はないだろうが、許容できないほど介護分野が大きくなってくれば、負担にもなるし、不平不満も出る。現状ですでに、製造業などからは「社会保障負担を減らせ」の大合唱が聞こえており、それに押されて介護は恵まれない分野になってしまっている。

 「どこかから持ってこなければならない」というのは、「介護労働は社会の中で経済的付加価値を生み出さない」と見なしているということでもある。たしかに、介護を受けたら社会復帰できて社会に貢献できるという人は少なく、経済的価値は生み出さないことも多い。しかし経済的価値を生み出すか出さないかとは関係なく、介護労働をした人は労働をしているわけで、経済的価値を与えるべきである。介護労働は、他の産業とは大きく構造が異なっているのである。

 経済的価値を与えるのに、どこからか持ってこなければならないとした場合、社会全体の限られたお金、しかも介護以外の分野が稼ぎ出したなけなしのお金から、分け前をごっそり介護に持ち去られる形になる。この枠の中では限界があり、介護がどんなに頑張ったとしても、国全体のお金は増えないことになる。それは、介護労働に経済的価値を与える仕組みとしては、不完全なのではないか。

 そのような思考の末に考え出したのが、今回の「介護労働をしたら、そこにお金が発生する」という方式である。こう言われてもよくわからない方は、再度第4章や第8章を読んでいただきたい。

 言うのは簡単だが、実施にはさまざまな「考えなければいけないこと」「準備しなければいけないこと」「調整しなければいけないこと」がある。思いつくことがらについて、次からの章で考えていきたい。



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