第12章

新しい仕組みで注意しなければならないこと

 お金を生み出すシステムなのだから、何か間違いがあれば信用を損ない、下手をすればシステムの存続そのものが難しくなる。現在の銀行のシステムはかなり信頼度が高くなっているが、それ以上の信頼性が求められる。それとともに、不正がおこなえないようにする工夫も必須だ。

 不正を防ぐためには、システムのブラックボックス化と、操作情報の暗号化は必要になる。これらをすることによって、不正操作によってお金を生み出すことはある程度防げる。しかしそれだけでは、不正請求は完全には防げない。

 たとえば、介護の現場に行って端末は操作したけれども、介護を受ける人と提供する人が結託して「働いたことにしちゃえ」と言って実際には働かなかったり、意識のない寝たきりの人のところで端末操作だけをおこなって介護はしないなどが考えられる。

 この種の不正はモラルの問題であるが、どんなにモラルを高める運動をしたって、ずるい人はゼロにはならないのも世の常である。ずるい人の不正行為を防ぐには、個人情報に十分留意した上で、誰がいつどこで介護労働をして報酬を得たのかを、権限のある複数の人から「見える」ようにしておくことも必要だろう。

 国はお金を与える側、介護労働者はお金を受け取る側になるが、「介護労働をすれば自動的に報酬が生まれる」というシンプルな仕組みにして、出す側が偉いとか、労働する側が偉いという上下関係が生じないようにする必要がある。そのために、国と個人を直結する「マイナンバー制」を利用することが、間に役人が何人もはさまらないので最も適していると現状では考えているが、マイナンバー制とは関係ないシステムの方が優れている可能性も否定しない。

 この仕組みの適用範囲をどこまでにするかというのは、非常に難しい問題だ。適用範囲を明確に定めておかないと、「この分野にもその仕組みを導入しろ」という声があちこちから出て、収拾がつかなくなるおそれがある。個人的な考えだが、「物の動きを伴わない労働」で、「人が人に対して行う労働のうち、生きていくため、健康的な生活を送れるために手助けする目的の労働」に対してのみこの仕組みを適用するなどの、わかりやすい明確な基準が必要だと思う。

 ただし、限定するのは「労働の種類と内容」だけで、その労働の場所にはあまり制限をかけないようなイメージを考えている。たとえば自宅であっても、施設であっても、今は医療保険でまかなわれている病院内であっても、介護労働であればこの仕組みを適用する。そうすることによって、今は介護力不足で看護師が過重な負担を背負っている病院の中にも介護力を確保することができ、看護師は看護の職務に専念できるようになる。

 訪問看護ステーションは現在、医療保険と介護保険の両方を使い分けて仕事をしている。この仕組みが導入されると、介護労働に関しては「歩合制」のように個人に労働の報酬が入ってくる。それをどう切り分けるかは、厚生労働省などの優秀な人たちに考えてもらいたいが、訪問看護業務は医学知識が必要ではあるが介護的なものも多く、ある程度はこの仕組みで賄うことを考えるべきだと思う。看護師は医療保険で看護に専念して、介護に相当する部分は一切しないという棲み分けも考えられるが、業務内容や人手の確保の観点からは、きれいに人を分けるのは難しいように思う。

 医療機関の中での「介護」に関してはこの仕組みで良いが、診察などの医療労働についてこの仕組みを適用すべきか否かは、今のところ結論は出さないでおく。医療は薬や注射など「物の移動を伴う労働」も多いが、診察室での診察などはほとんど物の移動を伴わない。診察などの「人と人の間の労働」にはこの仕組みを適用しても構わない気もするが、医学が発展するにつれて医療費が高騰してきていることを考えると、この仕組みを適用することが医療費バブルにつながらないともいえず、当面は医療には適用しない方がいいかもしれないとも考える。現状で医師の再診料は、一緒に働く人たちの人件費も含めて1診察あたり700円ぐらいだから、この仕組みを適用しても大したことにはならないとも思うが。

 全く視点を変えて、もう一つ注意しなければならない大きなことは、この制度の導入によって経済が激変してしまわないようにすることである。政治家や企業の経営者は、日本のデフレ脱却を「悲願」とまで言っており、安倍政権発足前からの円安を歓迎して株価も上がっているが、物価が上がらないことと低金利が続くことを前提として成り立っているものも実は多い。もし今、急に経済が回るようになって金利が上がったとしたら、住宅ローンの支払いが滞る人は少なくないだろう。国債の金利が跳ね上がれば、国の財政破綻もぐっと近づく。

 それを避けるためには、この制度を最初から100%の通貨発行対象とするのではなく、最初は介護労働報酬額のうちのある程度、たとえば20%を通貨発行で賄って残りは税金や保険料を徴収し、年を追うごとにその割合を引き上げていくなどの激変緩和措置を施すことで、駆け込み需要などの変化はあるにしても激変は避けることができると考える。

 経済全体のバランスをよく精査すると、介護労働報酬の100%を通貨発行対象にするのは、行き過ぎという結論が出るかもしれない。その場合は何%を上限にするかを、できたら世界共通のルールとして決めていくことが、この仕組みの導入と定着にとって不可欠な手順になるだろう。その場合、通貨発行で賄わない分は、税金や保険料や自己負担で賄うことになる。

 現時点でどのような問題点が考えられるかをここまで考えてきたが、それより大きな問題は、この仕組みを導入するために、国内の各分野に納得してもらうための説得をし、さらには他の国に是認してもらうための説得もしなければならないということだ。原則から考えれば、他国が何と言おうと導入して構わないのだが、為替相場が「気分」で動く現代では、国際的根回しも無視はできない。それらについては、章を改めて書くことにする。



「第13章 導入に必要な説得<国内編>」に進む
inserted by FC2 system