第14章

導入に必要な説得<国外編>

 今回呈示するこの仕組みを日本に導入することは、他国との間にさまざまな軋轢を生む可能性があり、それが導入の妨げにならないように、十分な国際的根回しをしておかなければならないと考えている。他の国が税金や保険や寄付で賄っているものを日本では通貨発行でまかなうことにすると、長期的には為替相場などで調整されるとしても、短期的には国と国の間で不公平が生まれ、物の価格や貿易にも不公平が生まれ、国家間の緊張を生むことにもなりかねない。

 基本的には、国がどのような自国通貨の増やし方をするかは、それぞれの国や通貨圏に任されている。米ドルやユーロは、リーマンショック後の金融危機に対応して、それまでの倍以上の通貨発行をおこなっているが、それに対して「大丈夫か」という声はあっても「ルール違反だ」とは言われていない。日本が今回呈示する方式を採用したとして、文句を言う国はあるとは思うけれど、それが国際的なルールに反していると言える国はない。

 だからといって、「これは日本国の権利だ」と突っぱねていいかというと、そうもいかないだろう。ある日いきなり日本だけがこの制度を開始すれば、「日本はずるいことをしている」と思う投資家や投機筋が多ければ円が暴落するし、「これは日本を買う要素だ」と思われれば円が高騰する。「これは日本からの輸出品の、間接的なダンピングにあたる」と思う国は、日本製品に高い関税を掛けてくるかもしれない。

 日本としては「急に油田が見つかったのと同じようなもの」と主張してもいいが、「これまでお荷物だったのを急に油田だなんて」と、言っている日本としても後ろめたく感じるかもしれない理屈を、よその国がすんなり受け入れてくれるとは思えない。ではどうすればいいか。

 まずは、この仕組みを導入することを宣言してから実行するまでに、ある程度の時間を置く必要がある。そして第12章で書いたような激変緩和処置を用いて、段階的に導入していくことも重要だろう。これらによって他国が対応できる十分な時間的な猶予があれば、感情的な批判はかわせるのではないかと思う。

 しかしそれよりも効果がありそうなのは、「この仕組みは、正しく運用することができれば、世界中のどの国でも使って良いものである」というコンセンサスを得ていくことである。そのためのノウハウやシステムは、日本から格安で提供していくことも約束する。もちろん不正を防ぐための機密はブラックボックスにしておく必要があるが、信頼性の高いシステムを日本が用意しておければ、生まれるメリットから考えて、必要なコストはどの国でも出すだろう。

 それでも反発を感じる国もあるかもしれない。つまらない反感で導入を阻まれてもいけないので、その場合には「世界で話し合って、ルールを作っていこう」という雰囲気作りをまずしておく必要が出てくるかもしれない。全額を通貨発行で賄うのは適切ではないという意見が多ければ、前にも書いたように話し合いで「全ての国に、介護労働報酬の5割までは通貨発行で賄うことを認める」などのルール作りをしていけば、世界がこの仕組みを使う合意形成が促進される。

 もう一つ大事なことは、「日本がこの仕組みでどれだけ円を増やしているのか」が世界の国から見えるようにしておくことだ。それがわからないと、極端な表現をすれば日本は偽札をたくさん刷っているのと同じような印象を持たれ、円の信用が揺らぐ。他国が導入する場合も同じことで、それを明らかにしない形で導入する国があれば、世界の経済秩序を乱すとして反発を受けるだろう。

 この仕組みを「正しく利用する」というのは、かなり複雑な問題を含んでいる。日本ではこの程度のシステムを組むことや、介護従事者がそのシステムを使いこなすこと、不正がおこなわれないように正しく運用すること、お金の動きを明らかにすることなどは、できるのではないかと思う。しかし国によっては「どうやってこのシステムからお金を掠め取ろうか」に専念する人が多すぎて、まともな運用に至らない国があることも考えられる。

 しかし、正しく運用できない国が導入することは、その国の信用を低下させ、その国の通貨の価値や国債の価値も低下させ、ひいてはその国の国際的な地位の低下も招く。できるだけ不正利用できないシステムを作るのはもちろんだが、正しく利用できるかどうかがその国のモラルの指標になるのであれば、大げさに言えばこの仕組みは各国国民のモラルを高めるツールにもできる。

 新自由主義やグローバリズムの台頭によって、世界各国は自国の経済や財政の持続可能性に目をつぶっても、薄利多売に走っているのが現在の状況である。そのような状況では、自国やその中の国民が生き残るのに精一杯で、モラルだのと言っている余裕がない。この仕組みを導入した国は、自国通貨や国家財政が生き残る手段を手に入れると同時に、経済の余裕とモラルを高めるツールも手に入れることになる。

 これらの利点を、文句を言いそうな各国に説きつつ、導入可能な国とは調整しつつ、導入準備を進めてから実施に進む。可能であれば、多くの国が同時にこの仕組みを導入する。そうすることによって、文句を言っていた国が逆にこの仕組みを推進する原動力になってくれることも期待できる。そういう国は「日本が主導権を握るのが気に入らない」とか言いそうな気もするけれど、基本的な特許は日本が取った上で、それを無償あるいは格安で広く使ってもらうようにすれば、「日本っていいやつだな」と思ってもらえるかもしれない。お人好しすぎるかもしれないが。

 実はこの仕組みを正しく使うと、日本よりも圧倒的に経済的には有利になる国がたくさんある。それは、現在「高負担高福祉」政策を取っている北欧などの国々だ。介護などの福祉労働に対する報酬を税金などで集める必要がないとなったら、国民の重税感は圧倒的に軽減され、財政負担も軽くなる。日本は社会保障分野を抑え込み続けてきたため、この仕組みを使っても激変には至らないかもしれないが、高負担高福祉の国がこの仕組みを導入すると、日本とは比較にならない激変をもたらすことが予想される。そのような国が激変で駄目になってしまわないような、そのような国が「ずるい」と思われないような、適切な導入方法を探っていく必要もある。

 今回の仕組みは、日本や高福祉の国が勝手に突っ走ったら、それを快く思わない国との間に軋轢を生みそうであるが、多くの国が同調してくれるように話を進められれば、世界を明るくする仕組みになる可能性がある。そのような点も視野に入れた全般的な心配りは、しておいた方が良いのではないかと考える。



まだ書かなければならないことがたくさんある気がしますが、とりあえず一段落ということにします。
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